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初マラソンで失速した設楽悠太は「中山二世」になれるか

<東京マラソン2107>38キロ付近で井上大仁(左)に抜かれる設楽悠太(右)
Photo By スポニチ

 【藤山健二の独立独歩】新コースに衣替えした東京マラソンで、日本勢は当然のごとくアフリカ勢に完敗した。もはや世界との差は埋めようもないが、あえて光明を探すとすれば初マラソンだった設楽悠太の前半の走りだろう。結果は2時間9分27秒の11位だったが、日本陸連の瀬古利彦・マラソン強化戦略プロジェクトリーダーは「昔の中山くんのような走り、能力の高さを感じた。彼のようなスピードのある選手が世界基準のレースをしてくれれば2時間5分台は出せる」と評価した。

 瀬古氏が名前を挙げた中山竹通氏は現役時代に瀬古氏の好敵手として活躍した名ランナーだ。ソウル五輪の代表選考会を兼ねた87年の福岡国際を瀬古氏が故障で欠場した際、「這ってでも出てくるべき」と発言したとして物議を醸したことでも知られる。当時、私は両ランナーを取材する立場だったが、残念ながらその発言の現場には居合わせていなかったので本当の話かどうかは分からない。だが、いわゆるエリートの瀬古氏に雑草の中山氏が強烈な対抗心を抱いていたのは事実だ。自ら望んでヒール役を貫き、レースでも集団内で相手を見ながら走る瀬古氏とは対照的な「独走」にこだわった。

 その集大成となったのが87年の福岡で、悪天候をものともせずにスタートから爆走。5キロごとのスプリットを14分35秒、14分30秒、14分35秒と刻み、15キロ地点では当時の世界記録(2時間7分12秒)を1分49秒も上回った。20キロも58分37秒で通過。選考レースでけん制し合う他の有力選手たちには目もくれず、その時点で後方を500メートル近く引き離して沿道のファンや報道陣の度肝を抜いた。中盤以降はみぞれと風が激しくなり、35キロから40キロでは16分20秒と急激にペースダウン。最後は2時間8分18秒で世界記録を逃した。

 今回の設楽もスタートから14分30秒前後のスプリットを刻み、20キロは58分34秒と、中山氏とほぼ同じタイムで通過した。設楽の姿を見た瀬古氏が思わず「中山」の名前を口にしたのもよく分かる。最後の5キロは中山氏よりも悪い16分41秒まで落ちたが、初マラソンということを考えればむしろよく踏ん張ったと言っていいだろう。

 設楽のような選手が持ち前のスピードを生かしながら少しずつ距離を伸ばしていけば、いつの日か本当に2時間5分台に届くかもしれない。もし3年後の東京五輪も今回と同じコースで行われるのなら、最低でも設楽ぐらいのスピードと積極性がなくては勝負にならない。後半に追い上げる従来型の日本選手では100%勝ち目はない。唯一可能性があるのは今回のような設楽の走りだ。あの中山氏の走りを久々に思い出させてくれた設楽が、次にどんな走りを見せてくれるのか楽しみだ。(編集委員)

 ◆藤山 健二(ふじやま・けんじ)1960年、埼玉県生まれ。早大卒。スポーツ記者歴34年。五輪取材は夏冬合わせて7度、世界陸上やゴルフのマスターズ、全英オープンなど、ほとんどの競技を網羅。ミステリー大好きで、趣味が高じて「富士山の身代金」(95年刊)など自分で執筆も。

[ 2017年3月4日 09:45 ]

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